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砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠してあるからだよ | さかさまな季節からのつぶやき

少し足りない





幼い頃、

妹が生まれる6歳まで、私は独りっ子でした。

独りっ子の特権なのかなんなのか、

期間限定で私はずいぶん甘やかされ、

欲しいものはなんでも親が買って与えてくれました。

生まれながらの欲深い性格も加わって、

「あのリカちゃん人形が私の物になったら…」

「あのかわいい動物の絵本が読めたなら…」

「あの素敵なワンピースを着たら…」

それらの欲しいものが自分のものになったら、

今よりもずっと、

虹色の幸せがそのモノを手にした瞬間にやってくると信じていました。

しかし、

実際に夢が叶い、

欲しい物を手にしたと同時に、

それらは一瞬にして色あせ、

しゅるしゅると夢はしぼみ、

あんなに渇望したモノたちのことなんか、

いつの間にか忘れている自分がいる。

ほんとうにバカですよね。

でももっとバカなのは、

又、新たな欲しいものを作り出しては、

それをどうやったら手に入れられるのか?

今でも執念深く考えている自分がいるのです。




それは物だけに収まらず、

なにかにつけて、私は飢えた人間なのでした。

それは例えて言うなら、

ジグゾーパズルのピースみたいなもので、

いつもその絵は、

もう少しで一枚の絵になるという所で完成せずにいます。

ピースがすべて揃えば、

私はどんなに幸せなんだろうと妄想し、

それに向けて必死になって足りないものを探しているのですが、

なかなか見つからない。

あと少しの所で…。





生きるというのは上手く切なく出来ていて、

いつも何か少し足りない気がします。

あと少し愛情が欲しい。

それに気が付いたときは、ほんの少しと感じるので、

ちょっとそれを愛する人に伝えれば、

愛情がかえってきそうな気がします。

ところがどっこい、

そういう「少し」と感じるものは、

果てしなく、

途方にくれるほど、

実は深くて遠いところにある。

そして、

相手に求めるばかりの気持ちに気が付き、

深く傷つく。

私はいったい相手に何が出来るのだろうか?

お互い毎日生活していても、ちょっとだけ見えない。

分かっているつもりでも、

本当はまったく分かっていない。





いつでも私は少し物足りない。

でも、

そのぐらいが幸せなのかもしれないけれど。






ありがとありがとM(_ _)M♡ありがとありがとね
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Posted by Naomin on  | 0 comments  0 trackback
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